12湯涌線


画像の幕は東部営業所担当時代のもので、
ローマ字併記となってから使用されていました。
なお、ほくてつバス担当となってからも同じ表記の幕が
使用されていましたが、フォントが異なっています。



金沢駅と湯涌温泉を結ぶ湯涌線は、昭和18(1943)年に
開業しています。
これは北陸鉄道誕生の年で、記録上はこのようになっていますが、
実際は前身の湯涌自動車が運行していた路線を
受け継いだものと思われます。

昭和42(1967)年11月改正では、定時性確保のために
金沢市内で急行運転を開始し、湯涌線も「準急」の種別幕を
掲げて走るようになりました。
準急の停車停留所は、
金沢駅、武蔵ヶ辻、橋場町、兼六園下、出羽町、小立野、工学部前、
錦町で、錦町と白雲楼ホテルの間は各停となっていました。
当時は30分間隔の運転で、現在の倍の本数がありました。


またまた数学教師さんより画像を
いただきました。

昭和50年代の湯涌線の幕ですが、
当時はまだ北陸大学が開校する以前だった
ので、幕の種類も少なくなっていますね。

当時は郊外系統らしく準急運転を行って
いたこともあり、経由地表記もなく
シンプルな幕となっていますね。

また、現在では存在しない袋止まりの
幕も見ることができます。



▲画像:タイムトラベラーさんご提供。

さきほどの幕を使用していた証拠写真です。
見難くなっていますが、種別幕は確かに「準急」と
なっています。
この準急運転は昭和56(1981)年改正まで続きました。

ちなみに撮影場所は金沢駅東口です。まだ日航ホテルが
建つ前で、現在の降車ホームあたりから撮影したものですね。




画像ご提供:助ける役さん。

画像は平成初期の金沢駅での湯涌線です。
当時は経由地表記が「小立野」となっていました。

この頃はまだ袋〜湯涌温泉までの湯涌街道の道路改良が
行われておらず、現在の道路からは想像もできないほどの
悪路だったそうです。
そのため、使用される車両も中型ばかりでした。

画像のバスには「フリーバス」の表示がありますが、
湯涌線でも昭和57(1982)年10月より袋〜湯涌温泉間で
実施されています。



北陸大学の開校により、北鉄も貸切チャーター方式で
乗り入れていましたが、
認可が下りたことで昭和62(1987)年11月より、晴れて
路線バスとしてスタートを切っています。
このときに「北陸大外語前(現.北陸大学太陽が丘)」と
「北陸大学(現.北陸大学薬学部前)」が新設されています。

そして翌昭和63(1988)年9月より、湯涌線も朝夕各2便が
北陸大外語前を経由するようになりました。

北陸大学系統はそれ以降も順調で、
湯涌まで走る基本系統は平成4(1992)年改正でこれまでの
日中45分間隔から毎時1本に減便となっていますが、
反対に北陸大学系統は平成5(1993)年4月改正でも増便されています。
また、この頃に北陸大学内のバス停名が現在のものに変更されました。



北陸大学薬学部を経由して湯涌に向かう系統の幕も存在していました。
しかし、湯涌から金沢駅へ向かうさいに薬学部を経由する便は
存在していますが、その逆は時刻表を見ても確認できません。

いつ設定されても大丈夫なように用意してあった
幕なのでしょうか。



北陸大学太陽が丘行きの幕です。

金沢駅西口発着の光景も08年12月限りで
見納めとなっています。

▲現在の北陸大学行きは三菱車も使用されています。



こちらは薬学部行きの幕で、北陸大学太陽が丘は
経由しない系統で使用されていました。



この幕は、北大太陽が丘を経由して薬学部へと向かう
系統で使用されていました。



香林坊・兼六園下発の幕は経由地表記が「小立野」と
なっています。



こちらは同じく香林坊・兼六園下発の幕で、
北陸大学薬学部行きのものです。



長らく金沢駅発着となっていましたが、平成10(1998)年3月
改正で、金沢駅西口発着に変更となっています。

幕も新調され、これまでとは異なり白地黒字幕となっています。
また、路線番号も省略されており11・16系統とも
共通の幕になりました。

この改正では、廃業した白雲楼ホテルへの乗り入れを取りやめ
湯涌温泉止まりとなっています。
ところが、翌年には再び白雲楼ホテルの跡地まで乗り入れを
復活させました。バス停名は「湯涌」となり、路線図には記載されて
いないものの、時刻表にはしっかりと記載されていました。

これは湯涌温泉のバス待機場が整備された04年4月改正まで
続いていましたが、なにせ路線図には載っていなかった終点でしたので、
ご存知の方は少なかったのではないでしょうか。

▲現在は湯涌温泉バス停横に待機場が設置されています。

担当営業所は長らく東部でしたが、分社化の波には逆らえず
平成15(2003)年4月よりほくてつバスが担当しています。
しばらくは東部から移籍してきた日野車が湯涌線に
充当されていましたが、最近ではふそう車も多く使用されています。

その翌年の04年4月には、創作の森への乗り入れを開始して
いますが、戸室リサイクルプラザほどではないにしても、わざわざ
乗り入れて利用者はいるのでしょうか。

▲創作の森への急坂を登っていく金沢駅西口行き。

平成20(2008)年12月改正では、再び金沢駅東口発着に
変更されていますが、現在はすべてLED車による運行のため、
幕は新調されていません。



北陸大学から香林坊へと向かう系統で使用されていた幕です。
ただしこの幕は東部営業所が担当するすべての香林坊行きにも
共通して使用されていました。



こちらは兼六園下行きの幕ですが、
やはり他の路線・系統と共通のものです。



小立野行きも存在していました。
北陸大学の下宿生などのために存在していたようです。


============================= =====================

トップへ戻る

【方向幕博物館】11錦町B線

【方向幕博物館】16犀川線