15錦町野々市線(野町・小立野線)
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15系統は、昭和62(1987)年11月に野町駅ターミナルが完成したことに
伴い新設された路線です。担当は東部営業所でした。
当初は野町駅〜香林坊〜兼六園下〜大学病院・錦町という短い系統でしたが、
平成2(1990)年1月からは辰巳丘高校へと乗り入れを開始するようになりました。
広小路から小立野(大学病院)までは完全に43系統と重複していましたが、
15系統の開業に際して43系統の減便などはいっさい行われず、同区間の本数は
ほぼ倍増しています。
15系統は、野町駅で石川線の電車と接続するため日中は30分毎で運行されて
おり、ほとんどの便が錦町まで走っていました。
画像の小立野(大学病院)行きは、朝晩にのみ運行されていて、
この小立野行き以外は全て大学病院を通過していました。
また43系統同様、この15系統も広小路→香林坊へは片町を通過していましたが、
平成15(2003)年7月から片町にも停車するようになっています。
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錦町行きの幕です。日中は全て錦町行きでした。
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平成2(1990)年1月からは辰巳丘高校への乗り入れも開始しました。
しかし高校への乗り入れなのに、朝の通学時間帯には一本も乗り入れず
すべて小立野折り返しとなっていました。
奇妙にも見えますが、現在でもほとんどこれは変わっておらず、
辰巳丘高校乗り入れは日中の便が中心となっています。
これは高校生の利便というよりは館山町の住民のための延伸だったのでは
ないかと思われます。
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平成8(1996)年2月からは東部車庫まで走る便も登場しました。
これはこれまで錦町到着後に東部車庫まで回送していた便を
営業運転したもので、香林坊〜東部車庫間は完全に10系統と重複するため、
翌年には10系統の日中大幅減便がなされています。
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平成10(1998)年3月からは、所要時間短縮のために兼六園下経由から
成巽閣前経由になりました。
(10系統も同時に成巽閣前経由となっていますので、この時期は
錦町方面から香林坊へ行くバスはすべて成巽閣前経由でした。)
しかし、あまりその効果はなかったと見え、翌年3月には元の兼六園下経由に
戻っています。そして同時に43系統と連結し、「錦町野々市線」となりました。
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平成11(1999)年3月に15系統と43系統が連結し、
錦町野々市線が誕生しました。
小立野〜広小路間は完全に両系統が重複していたので、日中は15系統を
ほぼすべて大学病院経由とし、野町駅経由で野々市・富光寺へ延伸することで
同区間の本数を半減させています。
担当は南部営業所と東部営業所となり、それぞれで幕が新調されました。
南部の車両も辰巳丘や東部車庫までやって来るようになったことで、
緑幕のふそう車がごく当たり前に見られるようになりました。
画像の幕は、富光寺・野々市→野町駅→錦町の系統で使用されるもので、
南部で新調された幕です。
この表記はLED幕にも受け継がれましたが、平成19(2007)年4月改正で
錦町行きはすべて消滅してしまい、現在では見ることができません。
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こちらも南部で新調されたものですが、製造時期は00年の加賀白山バス
委託時だそうです。委託車両に15・43系統の幕が入っていなかったため
急遽作成したためなのか表記がシンプルです。
こちらも現在では見ることはできませんが、幕の新調がされなかった
車両には今も入っていると思いますので、幕まわしのさいなどに
見ることができるかもしれません。
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富光寺→末松→野町駅→錦町の系統で使用されていた幕です。
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同様に明倫高校経由の錦町行きの幕です。
こちらはそもそも明倫高校経由の小立野方面行き自体が現存していません。
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末松と明倫高校の両方を経由して錦町へ向かう便もかつては
存在していました。
逆方向も現存していませんが、こちらの幕は「野町駅/明倫・末松」となっており、
微妙に表記が異なっていました。
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▲横幕です。野々市発と富光寺発の両方で使えるようになっていました。
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南部で白山バス委託時に作られた、野町駅経由の辰巳丘高校行きの幕です。
辰巳丘高校系統は当初は7往復ほどと少なかったのですが、
平成11(1999)年3月改正から錦町系統を延伸してその本数を増やしています。
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こちらも同じ系統で使用される幕ですが、こちらは別の時期に南部で
新調されたものです。
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こちらは08年に新調された幕です。
これまでの幕とは経由地表記が異なっており、新鮮です。
しかし、現在では大学病院経由の便自体が少なくなっているので
見る機会はあまりありません。
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こちらも08年に新調された幕で、野々市・富光寺発の便に
使用されています。
そしてやはりあまり見る機会に恵まれていません…
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こちらも南部で00年に新調された幕です。
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こちらは南部で新調された幕です。
画像は、助ける役さんご提供の477号車です。
この手の車両が錦町野々市線に使用されることは01年以降はなく、
とくに野々市に初めて新車が入った04年までは旧エアロスターを
中心とした古参車両が主役となっていました。
その東部車庫行きも、平成19(2007)年4月の改正で消滅してしまい
15系統は小立野・辰巳丘高校の2種類の行き先に整理されています。
この時の改正では運行形態も大幅に見直され、
これまで日中はほとんどの便が辰巳丘・東部車庫〜野町駅〜野々市・富光寺の
直通運転を基本としてきましたが、小立野以遠錦町方面へと向かう便は
辰巳丘行きのみとなり、それ以外の便は小立野までとなってしまいました。
その辰巳丘系統は定時性確保のためか、
すべて大学病院に立ち寄らなくなっています。
また、15系統の当初の存在意義である電車接続すらしない便も日中に何本も
でてくるようになりました。
平成20(2008)年12月には再びダイヤ改正が行われ、
辰巳丘系統の大学病院への乗り入れが復活しています。
(ただし、平日午前中は大学病院前の道路混雑回避のため通過しています。)
末松・明倫高校経由の場合は幕を区別しているのですから、
本来の上林経由の場合はわざわざ幕を作らなくても…と思うのですが、
このような幕が入っている車両もありました。
末松・明倫高校経由の東部車庫行きです。
先述のとおり、東部車庫行き自体が07年4月に消滅したため、
現在では見ることはできません。
東部の一部の車両には「(大学病院)」の表記が入った幕もありました。
08年に白山バスで新調された幕は、経由地表記にこれまでになかった
「兼六園下」を加え、ほとんどの車両の幕には入っていない「(大学病院)」を
追加しています。
東部担当時代からずっと使われている野町駅行きの幕です。
本数こそ少なくなりましたが、現在でも見ることができます。
▲画像ご提供:H−199さん。
08年に新調された野町駅行きの幕です。
こちらも「兼六園下」表記が加わっています。
▲辰巳丘高校前で発車を待つ野町駅行き。
ふそう車で緑幕が当たり前に見れるのも15系統くらい、の頃に撮影。
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