19笠舞駅西線


現在の大桑本町行きの幕です。
06年に新調されたもので、戸水・工業試験場いずれの
方面から来てもこの幕1枚で対応できるようになっています。
かつては大桑行きだけでも多くの種類の幕が用意されていましたが、
1枚にまとめられて、すっきりしています。

終点の大桑本町は「おおくわほんちょう」と読むのが正しいのですが、
幕のほうは「おおくわほんまち」となっています。。。



この幕は、朝に存在する香林坊→大桑本町の系統で使われています。

そのほか、さきほどの幕では、戸水→鞍月→大桑本町の系統には
対応できないため、その場合にもこの幕を使用しています。
まぁ間違ってはいないのですが…



19系統は、現在では「笠舞駅西線」として04・72系統と
連結して運行されていますが、かつては笠舞線として武蔵ヶ辻・
香林坊と笠舞地区を結んでいました。

笠舞線の開業年次は現在調査中ですが、昭和41(1966)年には
新聞記事に載っていますので、おそらく花里線の誕生以前には開設
されていたのではないかと思われます。

昭和42(1967)年2月の市電廃止に伴う改正では、
金沢駅〜香林坊〜城南中学校  59往復
金沢駅〜香林坊〜川上       3往復
金沢駅〜香林坊〜本多町     2往復
香林坊〜本多町〜城南中学校  3往復
金沢駅〜川上〜工学部       1往復
金沢駅〜香林坊〜小立野〜川上 1往復
となっており、
基本系統の金沢駅〜城南中学校のほかにも
循環川上線の区間便のような系統も見られます。

この当時は、本多町や川上方面への輸送は川上線が担っており
(花里線は当時小立野経由でした)、現在とは比べ物にならない
ほどの本数が用意されていました。

本多町から先は、まだ犀川大通りが開通してなかったため、
現在のふらっとバス菊川ルートと同じ経路を辿っていました。
本多町〜桜橋〜上川除町〜川上広見(←菊川1丁目←)〜川上、
ここからは現行経路と同じですが、なぜかバス停名が異なり、
川上〜藤棚〜笠舞水道前〜南笠舞〜城南中学校前
となっていました。


▲現在は中型車での運用が多くなっています。

昭和45(1970)年4月には、いよいよ犀川大通りが開通し、
本多町から幸町、思案橋経由に変更されています。
このときに花里線も同じ本多町経由となっており、このため
笠舞線はこれまでの15分間隔から日中30分間隔に
減便されています。

このとき、花里線はワンマン化されていますが、笠舞線は
城南中学校付近が狭隘であるために依然としてツーマン運行と
なったままでした。
おそらく、ワンマン化されたと時に現在の城南1丁目(かつての南笠舞)
までの運行となったのではないでしょうか。

昭和50(1975)年4月には、91番の路線番号を与えられます。
この頃から次第に金沢駅発着便は日中に限られるようになり、
本数も40分から1時間間隔に、朝夕のラッシュ時は15分間隔と
なるかわりに香林坊発着としていました。

昭和59(1984)年11月に路線番号の再編が行われ、
笠舞線が現在に続く19番を与えられた頃には、金沢駅発着便は
消滅して武蔵ヶ辻・香林坊発着となりました。


▲たまに大型車が登場することも。。。 画像:若原さんご提供。

平成に入っても毎時1本で香林坊と城南1丁目を(武蔵ヶ辻発着便は
朝夕の数本のみでした)中型車が入ったり来たりを繰り返す
のんびりとした路線だったのですが、
平成11(1999)年3月、64工業試験場線と72戸水線と連結し
笠舞駅西線と名称を改めました。

担当営業所はこれまでの東部から西部に変更となり、
車両も日産車のプチが使用されるようになり、近年まで使用されていました。
また、終点はこの改正の直後に犀川の雪見橋が開通したため
大桑住宅へと延伸されています。

平成13(2001)年3月からは金中バスの担当となり、
05年12月には大桑本町まで延伸を果たしています。
この頃より、徐々にプチが姿を見せなくなり、現在では中型車での運用が
多くなっています。



99年に大桑住宅へと延伸され、西部担当となった頃の画像です。
富士重ボディのプチはこの99年式のみの投入となり、
笠舞駅西線のカオとも言える存在でした。

画像:H−199さんご提供。



笠舞駅西線となった後も従来からの武蔵ヶ辻・香林坊発着便は
朝にのみ残され、この幕が使用されていました。



平成15(2003)年1月、笠舞駅西線もシティライナーの一員と
して県庁前を経由するようになると、幕も新調されました。

この幕は、工業試験場方面からの系統に使用されていました。
なお、この改正に伴い、これまでは金沢駅西口経由だったものが
東口も経由するようになり、そのため幕の表記も「金沢駅」と
なっています。

県庁前・工業試験場方面行きは03年3月にはやくも六枚町・西口経由に
戻され、大桑住宅行きも翌04年4月に西口・六枚町経由に戻されています。
しかし、そのためだけに幕をわざわざ新調するのも…と思ったのか、
それ以降もこの幕は使い続けられていました。
(01・02・03系統の幕はわざわざ「金沢駅西口」表記に作り直されていますが…)



別にさっきの幕は必要なく、これ1枚で十分だと思うのですが…
こちらは戸水→県庁前→西念→大桑住宅の系統に使用されていました。

この写真は、大桑本町延伸後の06年3月撮影なのですが、
この頃までこの「大桑住宅」と書かれた幕が普通に使われていました。



こちらは、戸水→鞍月→大桑住宅の系統で使用されていた幕です。

さすがに「県庁前」表記の幕は使えないことから、新調したのでしょう。
(従来の「香林坊/城南1丁目」をそのまま使ってもよさそうな気もするのですが…)


このように、とくにシティライナー開業以降はよく分からない幕ばかりが
出てきていましたが、05年12月の大桑本町延伸を期に幕を新調し、
県庁前経由のものは1種類に集約されることになります。



懐かしの武蔵ヶ辻行きです。



近年まで19時台に1本のみ武蔵ヶ辻行きが存在していましたが、
幕はかつてのものではなく、経由地表記が「城南1丁目」となった
ものを使用していました。



香林坊行きも懐かしいですね。
懐かしいとは言っても、この幕も99年以降に作られたものですが。。。


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【方向幕博物館】04・05笠舞駅西線