44野々市線



画像はふそうのローバックシート車ばかりですが、
もはやこれらの車両を見ることはなくなりました。
未だに野々市線というとこんな車両ばかりのイメージなのですが…


 野々市線の前身は西泉線といい、昭和31(1956)年2月の開業です。
運行区間は金沢駅〜香林坊〜富本町〜泉車庫だったといいますが、
「西泉線」と名のつくことからおそらく泉車庫ができるまでは
西泉まで走っていたと思われます。

▲黒バンパーも野々市ならでは。  画像:若原さんご提供。

昭和43(1968)年11月に泉車庫が廃止されると、西泉線もまた廃止され、
新設の野々市営業所まで走る「野々市線」が開業します。
ルートは、西泉線を受け継ぎ、金沢駅〜香林坊〜富本町〜西泉〜野々市で、
20分間隔の運行でした。
現在のルートになったのは昭和49(1974)年6月改正で、
富本町経由から泉新町経由に変更となります。本数は84往復を維持、
とありますが、ということは10〜15分に1本の運行だったのでしょうか。
翌年には44番の番号を与えられ、以降現在まで特に変化なく運行されています。

 昭和49年の段階ではおそらくドル箱路線だったと思われる野々市線も、
昭和60(1985)年調査では乗車密度14.1人の第2種路線となっています。
とはいえ、この数字は当時の循環寺町線と同じですので、まずまずの値なのかもしれません。

幕は、昔も今も変化なく同じ幕です。現在ではローマ字併記とローマ字なしの
2種類が存在します。なお、LED幕の場合は「泉新町/西泉」表記となっています。


野々市線もかつてはハイグレード車の運行も多数存在していましたが、
2000年のある日突然ふそう80年代車ばかりの路線と化し、
そのため野々市営にはたいへん長寿の名車が多く存在し、なかには
20歳を迎えた車両も毎日走っていました。

ほんの最近まではローマ字併記幕のほうが珍しいという
不思議な路線でした。



06年7月までのLED幕は、幕式と同じ表記でした。
LEDのため、若干「西泉」が小さくなっています。



06年7月に加賀白山バスのLED幕が変更され、
より丁寧な表記になりました。
下りでは「泉新町」を、上りでは「香林坊」が追加されています。



08年に新調された幕はLEDと同じ表記となりました。

画像:CHさんご提供。



ローマ字併記なしの金沢駅行きの幕です。
現在では285号車で見ることができます。



こちらはローマ字併記です。
同じふそう後ろ幕なし車両なのに、イメージが違って見えますね。



こちらも、06年7月までは幕と同じ表記でした。
当時はLEDのほうが珍しかったと思います。



06年7月にLED幕が変更され、現在のものになっています。



08年に新調された幕はLEDと同じ表記になっています。



平成12(2000)年3月のダイヤ改正で、野々市駅と金大附属学校を
結ぶモーニングダイレクト便が新設されました。
野々市駅〜野々市車庫〜東野々市〜有松〜市総合体育館前〜金大附属校
という独特な経路を辿ります。

画像は登場当時の幕です。



なぜかこの不思議な系統は野々市線として扱われているようで、
後に登場した幕には44番が付けられています。



この幕を見たときはものすごく嬉しかったものです。
幕の作成者さん(?)に感謝感謝です。

08年に新調された幕からは再び「44番」が消され、
代わりに経由地が書かれるようになりました。
正面幕には「二水高校」が表記されていますが、側面幕には
書かれていません。


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