80循環寺町線
循環寺町線は、90年代まで金沢市内を走る北鉄バスの代表格の路線でした。
柳橋〜橋場町〜武蔵ヶ辻〜香林坊〜有松〜寺町〜香林坊〜兼六園下〜橋場町〜柳橋
という変則的な循環路線ですが、これは市電廃止に伴う代替系統として誕生した
ことも背景にあります。また、この当時金沢市内で多く見られた循環路線の
最後の生き残りでもありました。
画像は、助ける役さんご提供のもので、
この幕は柳橋→武蔵ヶ辻→有松先回りの系統で使われていて、
泉二丁目あたりで幕を柳橋行きに変えていました。
幕にはどこにも循環路線であることが書かれておらず、放送でも
「80番、武蔵ヶ辻経由有松行きです。」と言っていたので、
私も小学生になる頃までは有松を越えて乗車できないものだと思っていました。
(私の父親も幼い頃はそう思っていたそうで、同じような記憶がある方は
案外多いのではないでしょうか。)
▲少し前まで山の上バス停に残っていた路線図。
県庁前が「広坂」に修正されていますが、それ以前に…
誕生は昭和41(1966)年12月で、
市電のC、D系統の東金沢・鳴和〜浅野川大橋間廃止に伴い新設されています。
(市電のC系統は、鳴和〜浅野川大橋〜武蔵ヶ辻〜野町駅、
D系統は、東金沢〜鳴和〜兼六園下〜香林坊〜寺町というものでした。)
登場時の系統は、柳橋発着のほかに東金沢発着も用意されていて、
合わせて約15分間隔となるようになっていたようです。
翌年2月には市電が全廃され、C・D系統も完全に廃止されたため
柳 橋〜武蔵ヶ辻〜有松〜寺町〜兼六園下〜柳 橋 89往復
東金沢〜武蔵ヶ辻〜有松〜寺町〜兼六園下〜東金沢 26往復
に増便されています。
ほぼ10分毎(ラッシュ時はそれ以上)の運行だったようです。
同年4月には、千坂住宅線が誕生しています。
千坂住宅〜橋場町〜武蔵ヶ辻〜香林坊〜県庁前(現.広坂)
という系統で、4年前から労働者住宅協会の手で団地作りが行われ
人口が急増していた千坂団地の住民のために新設された路線です。
この路線は昭和44(1969)年11月に循環寺町線に吸収され、
千坂住宅〜柳橋〜武蔵ヶ辻〜有松〜寺町〜兼六園下〜柳橋
となり、同時にワンマン化が行われています。
なお柳橋・東金沢〜有松〜寺町〜柳橋・東金沢のメイン系統は昭和44年9月に
ひと足はやくワンマン化されています。
その後東金沢系統はすべて兼六園下先回りに統一され、
(千坂住宅〜)柳橋〜武蔵ヶ辻〜有松〜寺町〜兼六園下〜東金沢・柳橋
という運行形態が確立されました。
(本数は15分間隔、千坂発着は7往復、東金沢・柳橋発着は交互に30分間隔ずつでした。)
なお、当時は柳橋バス停は車庫前にのみ設置されていて、柳橋以遠へ走る
路線は柳橋を通過していましたが、この千坂住宅発着便のみは
柳橋にも停車していたようで、車庫内にいったん入って方向転換をしていたそうです。
(現在も津幡線などが柳橋で乗務員交代のために車庫内にいったん入る
便がありますが、それと同じようなものです。)
この千坂住宅行きですが、終点到着後は折り返し運用に就くのではなく、
どの便も8号線バイパスに出て回送して柳橋車庫に入庫していたそうです。
千坂住宅は、現在もある酒屋の前にバス停が置かれていました。
▲昭和55年の北鉄時刻表の表紙より。まだお堀通りは拡幅
されていません。
昭和50(1975)年4月には色別方向幕が制定され、
循環寺町線は市内線を表す黄色地黒字の幕と「2」の路線番号が
与えられました。この幕の色から、循環寺町線などの市内線は当時の高校生からは
「黄バス」と呼ばれて親しまれていたそうです。
昭和58(1983)年11月、循環寺町線の系統が大幅に整理されました。
千坂住宅、東金沢発着便は消滅し、千坂住宅には福久線が経路変更することで
対応しています。
ダイヤパターンも大きく変更され、これまでの15分間隔から
柳橋発武蔵ヶ辻先回り系統が毎時00、12、28、40、48分発となり、
00分発と40分発は戻りも武蔵ヶ辻経由という変則循環パターンが登場しました。
一方の兼六園下先回り系統は毎時15、35、55分発の20分間隔で、
こちらはどの便も戻りは順当に武蔵ヶ辻を経由して柳橋へと帰っていました。
武蔵ヶ辻方面に需要が多いことに合わせたダイヤとなりましたが、
これ以降循環寺町線にはさまざまなパターンの系統が登場し、やや分かりにくく
なっていきます。
分かりにくくなったのは運転士も同様だったようで、
たまに兼六園下経由なのに橋場交差点を間違って右折して尾張町へと向かって
しまったりすることもありました。
そんな時でも運転士は何も言わず、尾張町から大手堀へ左折、そして何事も
なかったかのように大手町交差点から本来の経路に戻っていましたが、
乗客も「また間違えたんか〜」くらいにしか思っていませんでした。
(これが現在ならたいへんなことになっていそうですが…)
昭和59(1984)年11月には路線番号の再編が行われ、
循環寺町線は金沢北部の路線であることを表す茶色地白字の幕と「80」の
路線番号に変更されました。
翌60(85)年には、早くも日中の武蔵ヶ辻先回り系統の毎時00、40分発が
カットされ、朝夕に残るのみとなっています。
また、この年には87循環寺町B線も誕生しています。
これは津幡線がこれまでの30分間隔から60分間隔に減便され、その本数減を
補うために兼六園下・香林坊〜武蔵ヶ辻〜橋場町〜柳橋・今町で開業した
ものです。
毎時3本が用意され、2本が今町行き(兼六園下発着と香林坊発着一本ずつ)で、
もう1本が香林坊発の柳橋行きとなっていました。
正式名称は循環寺町B線ですが、当時の時刻表には「森本・今町線」とも
書かれており、のちの88森本線の前身とも考えることができそうです。
循環はしないものの、運行区間は80循環寺町線と重複しており、
とくに柳橋までの区間便は80系統の武蔵ヶ辻→有松→武蔵ヶ辻の便の減便を
補う役目もあったのではないかと思われます。
この循環寺町B線は、森本線が開業した昭和62(1987)年4月に姿を
消しています。
昭和62(1987)年頃からは朝晩に数本が野町駅を経由するように
なりました。これは、この頃誕生した87野町鳴和線が当時野々市営業所の
担当でダイヤも野町駅基準だったため、朝晩の便を循環寺町線が
肩代わりする役目を持っていたのではないかと考えられます。
画像の幕は、その野町駅経由便に使用されていたものです。
その後87系統は柳橋担当となり、朝晩の便も作られたため、
平成8(1996)年には消滅しています。
▲国体PRのために登場したラッピング車。
循環寺町線で活躍していました。
画像:助ける役さんご提供。
昭和63(1988)年4月から、これまで広小路→香林坊(中央公園前)へ
至る路線は片町を通過していたものを、利便性向上のために
片町(ラブロ前)に停車するようになりました。
これは循環寺町線など5路線で実験的に行われたものなのですが、
好評だったためすぐにこの措置は拡大されています
(ただし、15・43系統は03年まで片町通過を維持していました)。
平成4(1992)年になると、平日午前中に再び若干の増便がなされ、
増発便は柳橋→武蔵ヶ辻→有松→武蔵ヶ辻→柳橋のパターンで運行していました。
この頃までが循環寺町線の華やかなりし時代だったと思います。
以降は徐々に減便され、その減便の倍以上のスピードで利用者が激減していきます。
利用者減少の要因としては、やはり少子化が進んだことが挙げられるの
ですが、それ以上に定時性が守られておらず、30分以上の遅れも
珍しいことではありませんでした。そしてやっとバスが来たかと思えば、
3台も連続してやって来たり(前の1台はスシ詰めで、後ろ2台はガラガラ…)、
ということもしばしばでした。
それでも利用者が多くいたのは、時刻表がいらないほど本数が多かった
からではないでしょうか。それが減便されたことで利用者が減っていき、
さらに減便するからまた利用者が減っていく…
こうして循環寺町線は衰退していったように思います。
▲93年10月、北鉄50周年を記念した花バスが
循環寺町線を走りました。
画像:助ける役さんご提供。
平成9(1997)年、いよいよ循環寺町線にも合理化の波が押し寄せてきました。
柳橋発兼六園下先回り系統は、毎時3本のうち1本が兼六園下始発となり、
このため柳橋発は40分も空く時間帯が生じてしまいました。
(同様に武蔵ヶ辻先回り系統も、戻りは3本に1本が兼六園下止まりとなっています。)
いきなり柳橋〜兼六園下は3分の1がカットされてしまいましたが、
この頃にはもうそれくらい減便されても仕方がない、と乗客から見ても
そう思えるくらいに利用者は減っていました。
この当時の循環寺町線の系統番号は、
8001系統 上り 柳橋→兼六園下→寺町→有松→武蔵ヶ辻→柳橋
8002系統 上り 柳橋→武蔵ヶ辻→有松→寺町→兼六園下→柳橋
8003系統 上り 柳橋→武蔵ヶ辻→有松→寺町→武蔵ヶ辻→柳橋
8004系統 上り 柳橋→兼六園下→香林坊→武蔵ヶ辻→柳橋
8005系統 上り 柳橋→武蔵ヶ辻→香林坊→兼六園下→柳橋
8006系統 上り 柳橋→兼六園下→寺町→有松→野町駅→武蔵ヶ辻→柳橋
8007系統 上り 柳橋→武蔵ヶ辻→野町駅→有松→寺町→兼六園下→柳橋
8011系統 上り 兼六園下→寺町→有松→武蔵ヶ辻→柳橋
8012系統 上り 柳橋→武蔵ヶ辻→有松→寺町→兼六園下
というものでした。
▲ハイブリッドバスも循環寺町線に投入されていました。
画像:助ける役さんご提供。
そして翌平成10(1998)年3月、木越線、福久線と連結して
「木越・循環寺町線」 大浦保育園前〜千木〜武蔵ヶ辻〜有松〜兼六園下・柳橋
「福久・循環寺町線」 木越住宅〜福久〜柳橋〜武蔵ヶ辻〜有松〜兼六園下・柳橋
が誕生しました。
これは循環寺町線がこの2路線を吸収した形で、循環寺町線としての
本数はほとんど変わっていませんが、鳴和・柳橋方面を走るバス全体の本数は
大幅に減っています。
この時に柳橋の国道上バス停が新設され、この福久循環寺町線や津幡線などが
柳橋に停車し、本数減を補うようになりました。
連結路線なのに、行きも帰りも同じ色の幕という路線は後にも先にも
この2路線のみで、大浦・木越発の便は香林坊止まりなどの便を除きすべて80番になり、
逆に柳橋発兼六園下先回りの系統で、戻りが大浦・木越行きとなる便は
寺町三丁目あたりで84・85番に幕を変えていました。
「路線を連結し、ご乗車いただける範囲を増やします」(ダイヤ改正告知のビラより)
というのは結構なことなのですが、
もともと定時運行が難しくかった路線がよりいっそう時間通りに走れなく
なってしまい、わずか1年でこの運行形態は終了します。
こうして翌平成11(1999)年3月、循環寺町線は
柳橋円光寺線:木越住宅〜福久〜柳橋〜橋場町〜武蔵ヶ辻〜有松〜円光寺
木越円光寺線:大浦保育園前〜千木〜橋場町〜武蔵ヶ辻〜有松〜円光寺
柳 橋 寺 町線:柳橋〜兼六園下〜香林坊〜寺町〜泉野4丁目〜泉野出町
に分割され、33年の歴史に幕を下ろします。
兼六園下先回り系統の幕です。
こちらも車内放送では「80番、兼六園下経由寺町行きです。」と
放送していました。
幕は寺町三丁目か二丁目あたりで柳橋行きに変えていました。
91年式ハイグレード車が登場するまでは、横幕は手回し式だったため、
バス停停車中や信号待ちの間に運転士が横幕のところまで行って
幕を回していました。これがなかなか大変だったようで、
当時をよく知る人によると
「80武蔵ヶ辻 柳橋」の幕はすぐ隣にありましたが、
野町駅経由の幕などは離れたところにあったため、ものすごい勢いで
運転士が幕を回していたのを覚えています。
(情報ご提供:匿名希望さん)
とのことですが、これは一部の車両の幕の話で、
ほとんどの車両の横幕は
80 柳橋―武蔵ヶ辻―有松―寺町―兼六園下―柳橋
というもので、途中で幕を回さなくてもいいようになっていました。
小回り循環も朝夕の通学時間帯に運行されていました。
武蔵ヶ辻先回りの系統はこの幕を使用していて、香林坊の手前で幕を
「80兼六園下 柳橋」に変えていました。
循環寺町線が廃止となり、幕も見られなくなりましたが、
この幕だけはその後も柳橋6:57発の香林坊行きで使用されていました。
経由地表記が「武蔵ヶ辻」だけの堂々たる表記は循環寺町線の面影を
かすかに留めていました。
兼六園下先回りのものも存在していました。
こちらのほうが本数が多く、土曜日にはお昼にも運行されていました。
武蔵ヶ辻経由の柳橋行きの幕です。
基本系統の循環便のほかに、小回り循環でも使用されていました。
野町駅経由の柳橋行きの幕です。
夜間に1本だけ存在していました。
有松行きの戻りは基本的に兼六園下経由の柳橋行きでしたが、
武蔵ヶ辻を再び経由して柳橋に戻る系統にはこの幕が使われていました。
昭和63(1988)年までは、兼六園下経由の柳橋行きは片町に停車していません
でしたので、片町に停車することを乗客にも分かりやすく示していた
のだと思われます。
同様の幕は「33寺地/片町 兼六園下」などがあります。
兼六園下経由の柳橋行きの幕です。
▲画像ご提供:H−199さん。
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平成11(1999)年3月に誕生した柳橋円光寺線の幕です。
循環寺町線のうち武蔵ヶ辻・有松方面を受け継いだうえで、
さらに32円光寺線(金沢駅〜武蔵ヶ辻〜有松〜円光寺)と連結して
円光寺まで延伸されました。
幕には経由地表記が大幅に追加され、彦三経由と区別するために
「橋場町」が、これまでは行先だった「有松」がそれぞれ加えられています。
その後の柳橋円光寺線ならびに木越円光寺線については、下記をご参照ください。
【方向幕博物館】32柳橋円光寺線
【方向幕博物館】80・84・85柳橋円光寺線
(木越円光寺線)
循環寺町線のうち、兼六園下・寺町方面を受け継いで誕生したのが
画像の柳橋寺町線です。
路線番号は新たに「81」が与えられています。
その後の柳橋寺町線については、下記をご参照ください。
【方向幕博物館】81柳橋寺町線
円光寺→柳橋の幕です。
こちらにはなぜか橋場町の表記がありません。
連結路線になったことで、循環寺町線で使用されてきた伝統の80番の路線番号は、
柳橋方向のみでしか見られなくなってしまいました。
泉野出町→柳橋の幕です。
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最終期の循環寺町線の運賃用です。
平成9年12月現在とありますが、これ以降運賃の改訂は行われておらず、
現在でも使える運賃表です。
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平成8年の循環寺町線(武蔵ヶ辻先回り・月〜金)の時刻表です。
この翌年には兼六園下側で減便が行われており、
往年の姿を留めている最後の年のダイヤです。
| 柳 橋 |
武蔵が辻 |
有 松 |
泉 野1 |
兼六園下 |
柳 橋 |
|
柳 橋 |
武蔵が辻 |
有 松 |
泉 野1 |
兼六園下 |
柳 橋 |
| 600 | 614 | 626 | 629 | 642 | 700 |
|
1312 | 1326 | 1344 | 1347 | 1401 | 1417 |
| 638 | 652 | 710 | 713 | 727 | 743 |
|
1328 | 1342 | 1400 | 1403 | 1417 | 1433 |
| 657 | 711 | 723 | 727 | 740 | 802 |
|
1348 | 1402 | 1420 | 1423 | 1437 | 1453 |
| 712 | 726 | 749 | 752 | 809 | 827 |
|
1420 | 1434 | 1452 | 1455 | 1509 | 1525 |
| 727 | 743 | 804 | 807 | 824 | 842 |
|
1448 | 1502 | 1520 | 1523 | 1537 | 1553 |
| 742 | 758 | 819 | 822 | 839 | 857 |
|
1512 | 1526 | 1544 | 1547 | 1604 | 1627 |
| 757 | 812 | 833 | 836 | 武蔵851 | 912 |
|
1525★ | 1539 | ---- | ---- | 1548 | 1615 |
| 812 | 826 | 844 | 847 | 904 | 927 |
|
1528 | 1542 | 1600 | 1603 | 1620 | 1643 |
| 828 | 842 | 900 | 903 | 920 | 943 |
|
1548 | 1602 | 1620 | 1623 | 1640 | 1703 |
| 840 | 854 | 912 | 915 | 武蔵930 | 955 |
|
1612 | 1626 | 1644 | 1647 | 1704 | 1727 |
| 848 | 902 | 920 | 923 | 940 | 1003 |
|
1628 | 1642 | 1700 | 1703 | 1720 | 1743 |
| 912 | 926 | 944 | 947 | 1004 | 1022 |
|
1640 | 1654 | 1712 | 1715 | 武蔵1730 | 1755 |
| 922 | 936 | 954 | 957 | 1014 | 1032 |
|
1648 | 1702 | 1720 | 1723 | 1740 | 1803 |
| 940 | 954 | 1012 | 1015 | 武蔵1030 | 1050 |
|
1708 | 1722 | 1740 | 1743 | 1800 | 1823 |
| 948 | 1002 | 1020 | 1023 | 1040 | 1058 |
|
1728 | 1742 | 1800 | 1803 | 1820 | 1843 |
| 1012 | 1024 | 1044 | 1047 | 1104 | 1122 |
|
1740 | 1754 | 1812 | 1815 | 132 | 1855 |
| 1028 | 1040 | 1100 | 1103 | 1120 | 1148 |
|
1802 | 1816 | 1834 | 1837 | 1854 | 1912 |
| 1040 | 1054 | 1112 | 1115 | 武蔵1130 | 1150 |
|
1828 | 1842 | 1900 | 1903 | 1920 | 1938 |
| 1048 | 1102 | 1120 | 1123 | 1140 | 1158 |
|
1845 | 1859 | 1917 | 1920 | 1937 | 1955 |
| 1105 | 1119 | 1137 | 1140 | 武蔵1155 | 1220 |
|
1905 | 1919 | 1937 | 1940 | 1954 | 2010 |
| 1112 | 1126 | 1144 | 1147 | 1201 | 1217 |
|
1925 | 1939 | 1957 | 2000 | 2014 | 2030 |
| 1128 | 1142 | 1200 | 1203 | 1217 | 1233 |
|
1945 | 1959 | 2017 | 2020 | 2034 | 2050 |
| 1140 | 1154 | 1212 | 1215 | 武蔵1230 | 1245 |
|
2015 | 2029 | 2041 | 2044 | 2057 | 2115 |
| 1148 | 1202 | 1220 | 1223 | 1237 | 1253 |
|
2045 | 2059 | 2111 | 2114 | 2127 | 2145 |
| 1212 | 1226 | 1244 | 1247 | 1301 | 1317 |
|
2110 | 2124 | 2136 | 2139 | 2152 | 2210 |
| 1228 | 1242 | 1300 | 1303 | 1317 | 1333 |
★印=学期休み運休 |
| 1248 | 1302 | 1320 | 1323 | 1337 | 1353 |
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