87野町・鳴和線



野町駅行きの幕です。
柳橋の多くの車両にはこの幕が入っていて、開業時以来
幕にローマ字が併記されたこと以外はとくに変化していません。


▲野々市時代も、柳橋時代も使用されていたエアロスター。

野町鳴和線は、昭和62(1987)年11月に
野町ジャンクションターミナルが完成したことに伴い、
従来の野町線(35系統:金沢駅〜香林坊〜野町駅)
廃止して誕生しました。
当初は、野町駅〜武蔵が辻〜橋場町〜鳴和〜柳橋という
経路を辿っていました。
また、当時は柳橋まで走る便はそれほど多くはなく、武蔵ヶ辻止まり
の便もあったようです。

昭和63(1988)年には彦三大橋の完成によって、
現在の経路となりますが、この当時の担当はなんと野々市営業所でした。
前身の野町線の担当が野々市だったからそのままそうなったものと
思われるのですが、わずか2年ほどで柳橋営業所の担当となり、
ダイヤも柳橋基準のものになりました。

電車接続の役目を果たすため本数も30分間隔を維持し、
一時期石川線が増便されていた頃には、野町駅〜武蔵が辻の区間便
を設定して電車接続を図っていました。


▲津幡線も87番を掲出しています。

平成10(1998)年3月改正では、森本線(金沢駅〜橋場町〜今町)が
柳橋までに短縮されたため、柳橋以北の救済として87系統が
今町まで毎時1本が延伸されました。

この改正では、津幡線も彦三経由に変更されており、
森本方面行きの路線はすべて彦三経由に統一されたのですが、
津幡線のほうは定着せず、6月にはもとの橋場町経由に戻されています。

利用者が少なくても本数は削減できないために、
平成13(2001)年のほくてつバス誕生時には真っ先に移管されています。
それでも本数は減ることはなく、しかも車両も本体担当の柳橋路線よりも
新しい年式のワンステップバスや元周遊号が運用に入っていました。

平成16(2004)年4月改正で、津幡線が野町駅へ乗り入れるように
なったため、「野町鳴和線」としての本数は半分に削減されています。
それでも、電車接続の役目は津幡線とともにしっかりと果たしており、
両線あわせて30分間隔が維持されていました。

30分間隔とはいっても、電車接続便を必要としている乗客の大半は
片町、香林坊、武蔵ヶ辻の利用者で、03年からは同じ区間を
シティーライナーも走っているため、野町鳴和線の存在意義がよく分からなく
なっていきました。


▲かつてほどではないですが、新車が使われることも。。

平成18(2006)年12月改正で、これまで両線合わせて
維持してきた30分間隔から時間帯によっては1時間空くなど、
すべての電車には接続しないようになってしまいました。

そしてとうとう翌07年4月改正では、平日日中の野町鳴和線が消滅し、
土日便も、08年12月改正で日中は津幡線のみとなっています。

現在では、ほとんど津幡線の区間便という扱いでしか存続していない
というのが現状です。
それでも、「87」という路線番号は毎時1本の津幡線で見ることができます。



こちらの幕は、平成16(2004)年に津幡線との合併(?)
によってなぜか幕も入れ替えられて誕生したものです。
彦三を強調したかったものと思われますが。。。



04年までは全てこの幕でした。
経由地に鳴和を書き加えているあたりが懐かしいですね。



なにも柳橋行きまでこんな幕にしなくても。。。
と思ったものですが、わずか2〜3年でLED化されてしまい、
今更ながら撮影しておくべきだったと悔いているこの頃です。



平成10(1998)年3月の改正で、88系統が柳橋止まりになったこと
を受けて、87系統の便が2本に1本今町へと延長されました。

が、この今町行きは津幡線と時間帯が重なることが多く、
利用者も少なく寂しいものでした。
そこにはかつて循環寺町B線として同様に今町まで走らせていた
頃の面影はありませんでした。


幕の表記から見てもお分かりいただける通り、
04年に新調された今町行きの幕です。

今町行きも、08年4月改正で消滅してしまいました。



上の画像の273の横幕です。
今となっては懐かしいものです。。。
273は06年夏に一番最後まで幕のまま走っていた
グループで、私も通学によく利用していました。



まさに循寺B線時代を思い出させる幕です。
98年の大改正頃に誕生し、夕方に今町からの1本のみ
の運行で、数年とたたないうちに消えた系統です。
香林坊発の柳橋・今町行きは朝夕に数本あったのですが。。。



一時期、石川線の電車増便に合わせて運行されていました。
そのほか、87年にこの路線が誕生した当初にも武蔵が辻〜野町駅
の系統は存在していたようです。



こちらもやはり04年に新調されたものです。
勝手な推測ですが、
野町〜香林坊と柳橋〜香林坊のどちらにでも使えるように、
との考えだったのでしょうか。
野町駅〜香林坊という系統は存在しないのですが。。。



こちらも同様に04年に新調されています。
武蔵が辻〜野町駅は過去に存在していましたし、
柳橋〜武蔵が辻は百万石祭りのときに使えそうですね。。。
(※なぜわざわざ幕を新調したのか実際には謎です。)


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