89元町・有松線




現在では東金沢と工大前を結ぶ路線に変化してしまった89系統ですが、
平成20(2008)年4月改正までは柳橋と金沢市教育プラザ富樫前(旧.市営陸上競技場)
を結んでいました。
幕はそれまで使われていたもので、この教育プラザ行きの幕はなぜかローマ字が
入っていませんでした。

ごく稀に信じがたい車両たちが遊びに(?)来るのもこの路線の面白い
ところです。06年2月には鶴来から545が数日間走っていたほか、
同年10月には松任市内用の209がLED化されて登場し、これは
後も予備車として運用されていました。07年4月には、松任循環の
「めぐーる」化で余剰となった202が登場し、07年度は予備車と
して幾度も姿を見せていました。

プチバス投入路線として、独特の雰囲気を漂わせていた89系統は運用される
車両も決まっていたため、幕車ばかりの頃は撮影は容易でしたが、
07年6月からはこれまでの521、522に代わって541,542が投入
されていたため、予備車での運用以外では幕は見れなくなりました。



89系統は、平成6(1994)年2月改正で誕生しました。
柳橋〜東金沢駅〜元町保健所〜彦三〜香林坊〜市営陸上競技場
というこれまででは考えられなかったような変わった経路を走ることに
加えて、新車のハイブリッドバス(384,385)を投入するなど、
当初から異様な路線でした。元町保健所前(現.元町福祉保健センター前)
から森山2丁目の間は大型バスで走るとかなり迫力がありました。
また、当時はわずかながら東金沢駅発着という便もありました。

平成10(1998)年3月改正 で、市営陸上競技場まで走る便は朝夕のみに
なりました。この改正から、全て小型車「プチ」(521,522)での運用
となり、この形が07年まで続きます。

担当は当初は柳橋営業所で、平成13(2001)年3月からはほくてつバスに
車両ごと移管され、さらに平成15(2003)年4月からはまたも車両ごと
加賀白山バスの野々市営業所に移管され、現在も同所の担当となっています。

▲04年4月までは「市営陸上競技場」でした。         ▲04年4月改正からはこのように…
 画像:H−199さんご提供。


▲柳橋営業所担当だった初期の横幕です。



東金沢駅発の市営陸上競技場行きも誕生当初は存在していました。



柳橋時代と、白山バス(大型幕のみ)には幕に「東金沢駅」の表記が入っていました。
83系統とは異なり「東金沢」としていないことが特徴です。



ほくてつバス時代の大型幕とプチ(521,522号車)は
東金沢駅の表記が入っていませんでした。
プチは小型幕ですので、あまり表記をゴチャゴチャさせたくないというのも
理由として考えられます。



平成9(1997)年改正までは東金沢行きも数本用意されていました。
なぜ柳橋まで走らなかったのかは謎です。
(83系統と共通運用になっていたわけではないようですし…勤務時間の
関係でしょうか。)



平成13(2001)年3月から03年4月まで、ほくてつバスが
担当しており、同じほくてつバス担当の金沢駅→富本町→伏見橋の
入庫回送がわりで、伏見橋→有松→香林坊→彦三→山の上→柳橋という
89系統とも87系統ともつかない不思議な便が1便のみありました。

幕には番号は与えられていませんが、放送では「89番…」と言って
いましたし、時刻表でも「元町・有松線」の欄に書かれていました。
(松任方面の時刻表にも載っていましたが…)



8時40分柳橋発の香林坊行きのみ、香林坊まで教育プラザ系統と
同じ経路を辿り、終点香林坊ではアトリオ前とアトリオ裏の
2箇所に停まっていました。
この幕はその便のために用意されていたものです。
しかし、プチだと幕が見にくくて仕方ないですね。。。



めったに大型幕での運用は見られませんが、
大型幕でも小型幕でも同じ表記です。
やはり南町を走るものと勘違いする乗客は結局廃止時までいました。
そのため、彦三発車後の放送では「この車はこの先、武蔵ヶ辻、十間町、大手町、尾山町、
終点香林坊の順にとまります」と言っていました。

平成10(1998)年3月改正で、日中の便は柳橋〜香林坊間に
短縮されましたが、そのかわり40分間隔に増便され、また
東金沢駅を経由しなくなったかわりに乗客の多い鳴和を通るように
なるなど、経路に元町福祉保健センター前 (このバス停はしょっちゅう名前が変わっていますね。。。)
を通ることでかすかに原型をとどめているほどの変身ぶりでした。

この改正はヒットしたようで、珍しい型のバスということもあり
これまでバスにあまり注目してこなかった主婦層からも評判になっていました。
とくに城北体育館前バス停は利用者が多く、ここと神宮寺、元町を出発する頃には
立ち客も多く出るほどの人気路線となりました。
また、武蔵ヶ辻〜香林坊間でも多くの利用が見られ、とくに02年7月から
同区間の100円運賃がスタートするとまとまった数の利用者(大手町〜香林坊や
尾山町〜武蔵ヶ辻間での利用が目立ちました)がいました。

しかし、採算が取れるほどではなかったらしく
平成16(2004)年4月改正では利用の少ないお昼の一便をカットし、
さらに平成18(2006)年4月改正からは日中はほぼ一時間間隔となるなど
少しずつ減便がされるようになりました。



香林坊行きが尾山町を発車して案内放送のあと、
業務放送が流れ、方向幕を柳橋行きに変えていました。

この香林坊アトリオ裏バス停はその後平成20(2008)年4月改正で
南町経由となったあとも香林坊止まり便の降車場として使われていました。



平成20(2008)年4月の改正ではさらに減便され、
東金沢〜彦三〜南町〜香林坊〜寺地〜工大前という路線に
生まれ変わりました。
朝夕はこれまでの教育プラザから工大前まで延長され、
日中はこれまで通り香林坊止まりですが、南町経由に変更され
「十間町」「大手町」「尾山町」は廃止されています。
この区間には04年9月からふらっとバス材木ルートが併走しており、
これらのバス停は役目をふらっとバスに譲り渡したといえます。

柳橋へは来なくなったことに加えて、車両も藤田合同中古の
中型車1台のみがひたすら往復する運用となり(数回だけ予備車の203も走りました)、
私には馴染みのない路線となり、さびしい限りです。
やはり柳橋と鳴和に来なくなったことの影響は大きいようで、
神宮寺と鳴和消防署の利用者しか乗っていないというのが実態です。

そのためか、平成21(2009)年5月改正では日中便がすべて東金沢〜工大間の
運行となったかわりに減便が行われました。
(一台のバスで運行しているのですから、本数が減るのは当然といえば当然ですが…)


▲どうせなら工大前行きを星稜高校か柳橋発にしてみては?
 あるいは野々市まで延伸してダイヤを野々市基点にするとか。。。
 と思うのですが。このままでは空気輸送…


趣味的には、元町有松線で33番の幕を掲げるという大きな変化が
ありました。私が知るかぎりでは、幕車での運行はこれまで数回しか
ないと思われます。
画像からも分かるように、幕車での運用のさいには大型車が使用
されており、初代の元町有松線を彷彿とさせてくれますね。
(しかもHIMRと203は同じ形式ですし。。。)



わずか1年のみでしたが、日中は東金沢と香林坊の区間運転を行っていました。
幕も343をはじめ数台に新調されたものが装備されましたが、
ほとんどの車両では一回も使われないままとなってしまいました。。。



工大発東金沢行きの幕です。
ちゃんと書いてあっても、金沢駅行きと勘違いする人がいるようです。
もし幕車での運行であれば、そうした誤乗も減るのではないでしょうか。


▲工大前発の茶色幕。。。



わずか一年で消滅した香林坊発東金沢行きの幕です。

南町からやってきたバスは、香林坊では大和前には停車せずに、
(これは今ではかなり珍しいですね)アトリオ裏で降車扱いをしていました。
そして合同庁舎前交差点を右折し、ここからかつての89香林坊系統の
ルートをたどり、車両の向きを変えて、日銀前で東金沢行きの乗車扱い
を行っていました。


▲LEDも幕も同じ表記となっていました。           ▲新鮮な「鳴和消防署」表記。が、現在ではお蔵入り…



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