元町有松線のアルバム






平成6(1994)年の開業当初から、当時新車の
日野ハイブリッド車が使用されていました。
当時の画像を私は持っていませんが、これまでは
三菱ふそう一色だった柳橋営に日野車、というの
でとても強く印象に残っています。

大型車での運用でしたので、画像の384のほか
に同じく新車の385、そして39−153が
入っていました。




平成10(1998)年改正で、大幅にその性格を
変えた89系統は、車両も大きく変わりました。
金沢市内で初めて小型バス「プチ」を導入し、
520、521、522の3台のうち2台を使用
して運用していました。出番の少ない520は
翌年には西部営へと移籍し、周遊号の予備や
増発用に運用されていました。


▲48−522です。



元町有松線は、平成13(2001)年3月に「ほくてつバス」
に移管されていますが、実質的にはこれまでと変わっていま
せんでしたが、03年4月には加賀白山バスの野々市営に
移管されています。柳橋の路線が野々市の担当になるのは
過去にも例がありますが、わざわざ回送して柳橋まで毎朝
やって来るのはどうしたものか、と未だに思います。
基本的に521,522の運用ですが、予備に570が入る
こともありました。


▲2台仲良く休む「プチ」。06年ごろまでは休憩時間も長かったですね。         ▲LED幕はこのようになっています。

▲04年4月、教育プラザに名称変更され、幕もLEDも      ▲なぜかローマ字併記はありません。教育プラザ系統のみ
新調されました。                            このように大型車にも幕が入っています。

▲06年2月、なぜか鶴来から545がやって来ていました。
大型幕の89系統はかなり珍しいです。

▲06年10月、松任市内専門だった209がLED改造のうえ、 元町有松線に登場しました。
座席数は格段に減りましたが、ノンステップなので好評でした。

▲07年4月、松任循環専用車両の202が予備車として登場しました。


07年6月、元町有松線の3代目レギュラー車が登場し、これまでの
521,522は能登へと都落ちしていきました。。。
かわって、541,542が金中バスから移籍してきました。
ワンステップでかつ車体幅が広いので乗客からは好評ですが、
初代プチが金沢から全滅してしまったことは寂しいですね。
今後はこの2台のよりいっそうの活躍を期待したいところです。


…が、08年4月の改正で元町有松線は大きく変化しました。

▲廃止になった鳴和中学校前城北体育館前。  ▼鳴和中学校前をゆく89柳橋行き。


▲十間町をゆく。この風景は好きだったのですが。。。     ▲バスが来ても避けようとしないご老人。バスもまた低速で走行。
▲プチラビットが市役所前に顔を出す。               ▲尾山町にて。

これらの光景はすべて08年改正で消滅したものです。
市役所前にはじつは回送で姿を現すのですが、
とにかく、この改正で元町有松線は柳橋利用者の手を離れ、
まったく別の路線となってしまいました。




そして、現在の姿です。ほぼ毎日ひたすら726号車が1台で
行ったり来たりしています。  


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【方向幕博物館】89元町有松線

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