95旭町・北陸大学線



旭町・北陸大学線も現在ではすべてLED幕での運行ですので
このように幕を見ることはできなくなっています。
画像は北陸大学太陽が丘行きの幕で、誕生当初はローマ字表記なしでしたが
(下の画像参照)、それ以外は変わっていません。



旭町・北陸大学線は平成6(1994)年2月に7往復が誕生しています。
「旭町住宅」「保健環境センター前」(現.北大ひまわりの家)はこのときに新設されました。
このときは香林坊〜兼六園下〜旭町〜太陽が丘ニュータウン〜北大太陽が丘
の一系統のみで(しかも平日のみの運行)、まだ金沢駅にも北大薬学部へも
乗り入れていませんでした。
担当は西部営業所でした。

北陸大学薬学部へは平成8(1996)年2月から乗り入れを開始しました。
といっても朝夕の一往復のみで、しかも兼六園下発着でした。
市街地からの乗客をターゲットにしたものでなく、旭町付近からの通学生を
運ぶのが目的だったものと思われます。
また、この改正から日祝日も5往復運転するようになっています。

平成10(1998)年3月改正から、一部の便の金沢駅乗り入れも開始しました。
これは日中を中心に数本だけだったのですが、これ以降年々金沢駅発着便が
増加し、また本数も増加し現在ではほぼ毎時1本が用意されています。
当初は北陸大学輸送がメインだったこの路線も、この頃から衰退してしまった旭町線に
代わって旭町地区の住民の足としても活躍するようになったことも
増便の要因となったものと思われます。

平成12(2000)年3月改正では、
「太陽が丘けやき通り」「太陽が丘北陸大学通り」バス停が新設されました。
この時は13系統も同バス停に乗り入れ太陽が丘の住民の利便性も向上したように
思われましたが、わずか1年後の01年3月改正では「けやき通り」バス停も
廃止され、13系統も「太陽が丘ニュータウン」までの乗り入れに戻っています。

▲ほくてつバスに移管された直後は日産ワンステも充当されていました。

また、この01年ごろから東部営業所の車両にも95系統の幕が入るようになり、
確認はしていませんが、朝夕の数本は同所が担当するようになっていたのでは
ないでしょうか。

そして平成15(2003)年4月からは、ほくてつバスに移管されました。
幕はほくてつバスにもそのまま受け継がれています。

95系統は、田井町から太陽が丘ニュータウンまで13系統と重複しており、
そのため下田上〜太陽が丘ニュータウン間はフリーバス区間に指定されていましたが、
田上地区の人口急増と道路整備により06年4月改正に合わせて
同区間のフリーバス指定が解除されています。
情報ご提供:フルーティさん。

▲横幕です。このサイズの横幕は残念ながら現存すらしていません…



薬学部行きの幕です。
現在も朝夕の運行ですが、発着地は兼六園下から金沢駅に変更されています。

▲ 06年には朝の兼六園下発北大薬学部行きには空港バスが使用されていました。



西部の車両の一部には、「香林坊」表記が入った薬学部行きの幕も
ありました。
この経由地表記の太陽が丘行きはなぜか存在せず、この幕の隣は
「星稜高校・星稜大学」と「10金沢学院大」でした。



現在のLED幕です。
以前は「太陽が丘」が不自然な2段表記になっていた(業者のミスだとか)
のですが、現在では修正されています。
「北陸大」と表記しているのもLEDの特徴です。



平成11(1999)年3月からは旭町止まりの便も新設されました。
これは夜間の旭町線がカットされたことに伴うもので、
この時から旭町地区の主要路線は91系統から95系統に代わったと
いえるでしょう。
幕は、西部・ほくてつバスとも同じものを使用していました。
またこの幕は東部の一部車両にも入っていました。

しかし、平成21(2009)年5月改正でこの便は消滅しています。



西部時代の金沢駅行きの幕です。
幕を共通化する必要がなかったからなのか、カラー幕・路線番号あり幕となっていました。



ほくてつバス担当となると、白黒幕になりました。
しかし、ほくてつバスでは94系統を担当しておらず
わざわざこの幕にする必要があったのかは少々疑問です。

▲LED幕は西部時代と同じ表記です。



西部時代の香林坊行きの幕です。
ローマ字なし時代も同じ表記でした。



ほくてつバス担当となってからの香林坊行きの幕です。



(09.9.26 更新)

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